3.9 サヨクの戦前罵倒は、占領軍の忠犬となって働いた罪の言い訳
[病理:戦前罵倒]
戦争中のマスコミは、戦争中はさんざん日本軍兵士を持ち上げた。しかし、敗戦になり元敵兵(占領軍)という新たな主人の支配が始まると、手のひらを返したように元敵兵(占領軍)の尻馬に乗って日本軍兵士を非難し始めた。「グンブにダマされた」などという言い草で。
そして今、サヨク特に戦前なら続くサヨクマスコミは、戦前や大東亜戦争をひたすら悪しきざまに喧伝する。その喧伝により、結局サヨクマスコミは何を言いたいのか。それは、
サヨクマスコミ「戦前こんなに悪かった。それにくらべ占領後はこんなにいい時代。→だから、占領軍の犬となって働いた俺の行為は悪くないんだ。」
ということだ。つまりは、占領軍の忠犬となった働いた罪を誤魔化そうとしているのだ。日本軍兵士や戦前に暮らした多くの人々を「グンブに騙された愚者」、「騙した悪者」、「戦争と侵略をしでかした野蛮人」、「人権意識の欠如した連中」に仕立て上げることにより。
こういった戦後の腐った伝統が今現在のサヨクの間で脈々と受け継がれているのだ。
1 占領中の日本人の醜態
占領中とは簡単に記すとこういう時代だ。
占領軍「こらあ、お前達日本人は侵略をした悪い奴等なんだぞお。その点わかってるな。(数百年のアジア侵略と植民地支配による搾取で肥え太った体をゆすり、原爆投下や空襲で汚れた血を拭きながら。)」
戦後日本人「ケシシ、そのとーりでごぜーますご主人様。あっしらは白い旦那のアジア支配に逆らうようなだいそれたマネをした侵略者でごぜーます。どうかお許しを。二度と過ちは繰り返しません。」
占領軍「よし。偉いぞお、精神年齢十二歳。ついては、こういう侵略をした悪い連中を裁いて殺すことにした。」
戦後日本人「どうぞどうぞ。もう、やっつけちゃって下さい。ボクらもまたグンブのギセーシャなんでしゅ。エヘヘ。(かつてはさんざん持ち上げた日本兵を蹴飛ばしながら。)」
(これにより多くの元日本兵などが、占領軍によりでっちあげの証拠などで吊し上げ裁判を経て殺される。)
占領軍「ついては、野蛮で遅れたお前達に民主的な憲法をさずける。ありがたく拝領せい。」
戦後日本人「あわわ、これはもったいない。あ、あ、ありがとーごぜーますだ。ギブミー憲法。ご主人様。未来永劫ヘーワのミンシュシュギの教えとして崇めたてましゅ。」
占領軍「お前達に言論の自由をさずける。どしどし日本政府やグンブを批判しろ。ただし占領軍を批判する自由はないけどな。」
戦後日本人「あ、あ、ありがとうございましゅ。占領軍様を批判するような愚か者は、やっつけちゃって下さい。」
占領軍「お前達日本人が軍備をもつと、ろくなことをしないよな。与えてやる憲法では、戦争を放棄して陸海軍を持てないようにした。国防は我々アメリカ占領軍が行ってやるので安心せい。」
戦後日本人「侵略者の我々が、ぐぐぐぐんびなんてとんでもない。我々日本人は軍隊を管理できない劣等民族でしゅ。どうぞどうぞ基地をお貸しいたしますので、何とぞよしなに。」
(これが後に基地用地提供どころか、「思いやり予算」と称する経費負担をするにまで歪んで行く。)
見ての通り占領中というのは、日本史上最悪の醜態、目を背けたくなるような無様な醜態を繰り返した時代であった。サムライが動物以下に落ちぶれた時代と言える。
いかに占領中であっても、占領中の日本人は自分を必要以上に畜生扱いしすぎた。国防を外国任せにすること。外国による国家規範制定を受け入れること。これは、自民族を劣等民族扱いする発想があって可能なのだ。
欧米列強による世界における植民地政策とはまさにそういう政策だった。植民地の連中には一切軍備を持たせず反抗させないようにする政策を、全世界で行ってきたのだ。そして植民地支配の永続。それを日本にも行ったというだけの話だ。ヘーワ憲法の投下とは、ただそれだけの話なのだ。
サヨクは、「現在の憲法は反植民地主義が反映されたもの」などと呼称する。全く逆だ。現憲法は欧米列強による植民地支配のマニュアルを文面にしたものに過ぎないのだ。<植民地の軍備の解体→植民地支配の永続>というマニュアルを。そしてこのマニュアルは、「思いやり予算」と称する経費負担をするまでに大成功している。
逆に日本軍はアジア諸国に国防を教え欧米列強と戦う気概を教えた。それが、日本敗戦後におけるアジア諸国における欧米列強からの劇的な独立の連鎖につながった。
2 占領時代の醜態の正当化と言い訳に終始した戦後
こういった占領中の底無しに恥ずかしい情けない醜態。これ引き摺り、この醜態の言い訳と正当化にいそしみ続けたのが戦後なのだ。ことさら戦前をワルイ社会体制であったかのようにデフォルメすることにより。特定事例のみをくり貫き詩的表現を交え、時に捏造すらして。
要は戦前や大東亜戦争を悪しきざまに喧伝する連中の言いたいことというのはこういうことだ。
「戦前は、こおおんなにワルイ時代でした。大東亜戦争でこおおんなにワルイコトをしました。」
↓
マスコミや教師「だから、手のひらを返し占領軍の尻馬に乗って日本軍兵士を吊し上げた俺の行為は悪くないんだ。占領軍の拡声器となって働いた俺の行為は悪くないんだ。」
政治家「だから、外国製の憲法を拝領して喜んだ俺の行為は悪くないんだ。それによりまともな国防ができない現状と外国軍隊駐屯の永続状況を作った俺の行為は悪くないんだ。」
「だから、占領軍の犬となって働いた俺の行為は悪くないんだ。」
もちろん、懸命にこのように主張するということは、占領中の醜態が内心負い目にはなっているからに違いない(むろん、中には心底占領軍の犬としての誇りをもつまでに退化したクズにいるだろうが。占領軍が投げ与えたチョコレート憲法を今尚ありがたがる連中みたいに)。負い目を持つのは当然だ。だれがどう見ても占領中の日本人の有り様は、日本史上最悪の醜態そのものだからだ。
今日もNHKのドキュメンタリー、一部テレビキャスター、日本テレビの「知ってるつもり」、朝日毎日新聞などマスコミから聞こえてくるはずだ。戦前や大東亜戦争をひたすら悪しきざまに喧伝することにより、占領軍の積極的腰巾着となった自分を言い訳し正当化する声が。例えば↓こういう。
「○は軍隊に志願し入隊しました。」を、「○は戦争の渦に巻き込まれていきました。」と表現。
更に、『戦争の渦』を起こしたのは欧米列強の恫喝や支那の虐殺事件であることを占領軍のお達しのままに隠蔽。
日本軍兵士がひたすら嫌々徴兵されたかのような構図を強調。その一方、祖国を守る誇りや気概に満ちていたことについては隠蔽。
「(欧米列強からABCD包囲網がしかれ、ハルノートがつき尽きられるなど)欧米列強からの侵略の手は日本にも及んできました。」を「軍靴の足音が聞こえてきました。」と表現。
戦争の原因を占領軍のお達しのままに日本内部に転嫁。
更に、欧米列強と戦うべしという民意を『グンカのアシオト』などと表現し、あたかもワルイコトで民意と無関係でかのように表現。
「アメリカによる原爆投下や空襲更にソ連による参戦などによる日本人大虐殺の時代から、外国軍統治と主権剥奪の時代が訪れたのです。」を「グンブがシハイする戦争と暗黒の時代から、ヘーワとミンシュシュギの時代が訪れたのです。」と表現
その軍部を含む日本が、東亜全土に植民地支配という真の暗黒の時代から、開放の時代への道標をつけたことは、占領軍のお達しのままに隠蔽。
そのミンシュシュギが、占領中は占領軍批判を禁止され弾圧下のものであったことも占領軍のお達しのままに隠蔽。
何より腐っているのは、占領軍がもたらした原爆投下空襲など大虐殺の停止を占領軍に感謝するかのような底無しの屈折ぶり。
「査問殺人を繰り返したテロ組織であった共産党に、当局の取り締まりがありました。」を「戦争に反対する多くの人々が弾圧されました。」と表現
戦争を反対したのがソ連からの戦争誘発を目的とした殺人テロ政党共産党であることは隠蔽。
その共産党が殺人テロ銀行強盗政党であったことも隠蔽。その共産党への取り締まりを『ダンアツ』と呼称。(こんな言い草がまかり通るのなら、現在のオウム真理教関係者の逮捕も「ダンアツ」になる。)
「国防の大切さを教える授業が行われました」と「皇室の大切さを教える授業が行われました」をまぜこぜにし、「天皇の為のに死ねとう軍国主義教育が行われました。」と表現。
共産党のアジビラそのままみたいな狂った内容。
戦前や大東亜戦争をひたすら悪しきざまに言い立てる報道。それはつまり占領中に占領軍の忠犬となって働いた罪を誤魔化そうとするマスコミ自身の言い訳なのだ。その腐った言い訳がほとんど口癖になってしまっているのだ。
占領開始と共に突然占領軍の腰巾着に早変わりした醜態には場合によっては酌量の余地がある。占領軍の圧倒的かつ悪辣な支配の前に屈したことを単純に責めるのは酷というものだろう。占領中の耐え難きを耐えざるえない苦渋に満ちた状況をかんがみれば。
問題は、戦後における尚続く占領軍腰巾着化の罪を隠蔽するための、戦前と日本軍兵士と大東亜戦争をあしざまに言い立てる有り様だ。占領軍のお達しのままに。特に昨今は、旧日本軍冤罪捏造など、むしろ占領軍の腰巾着となった言い訳の声が大きくなっている。
サヨク「ニホングンヘイシはワルイヤツラ。センゼンはワルイ時代。占領軍様がやっつけてくださった。ボクは占領軍様に協力しただけなんだあ。」
腐っているのは、占領が終った後すなわち今現在における、自らの醜態を↑こういった言い訳で正当化する底無しの卑劣だ。もう占領軍の犬となった罪の言い訳はやめるべきだ。戦争中はさんざん持ち上げておきならがら、占領軍という新たな主人の支配が始まると、手のひらを返したように占領軍の尻馬に乗ってワルモノと非難するクズであったという事実。今現在、更にクズぶりが肥大しているという事実。戦後日本人およびマスコミは、これをまず見つめるべきなのだ。
まさにこのクズこそがサヨクなのだ。
3 戦後という時代の帰えつである援交娘&オヤジ狩り息子
欧米列強によるアジア植民地支配を阻止せんと戦ったことへの「謝罪と反省」を繰り返す有り様。しかもその謝罪を「勇気」などと自己陶酔する有り様。戦前については欧米列強の悪辣な侵略支配を隠蔽し、かつ日本についてはひたすら悪しきざまに書き立てでも、原爆投下占領軍の支配の開始を「占領軍様ありがとう」とぺこぺこ感謝したがる有り様。我々若者の目から見て、身の毛がよだつほど気持ち悪く情けなく恥ずかしい。こんな大人にはなりたくないね。もう底無しに卑屈だ。
ここまで徹底して情けない大人を見ていると、自分に何も誇りが持てず援助交際とかオヤジ狩りでもやりたくなる。なにしろ我々は強姦者虐殺者の子孫で、ペコペコ外国に謝罪する「勇気」をもつべき存在らしいんだから。売春や強盗など何程のもんだ。
外国土下座屈従オヤジに、援交娘&オヤジ狩り息子。この親にしてこの子あり。誇りの欠如が見事に相伝されている。以下のような経路で。
祖国の為に命を捨てて闘った若者のいた時代(戦中)
↓
(占領の開始)
↓
祖国の為に命を捨てて闘った若者を占領軍に売り渡した時代。つまりいきなり手のひらを返し、占領軍の尻馬に乗ってそういう若者をグンコクシュギシャなどと吊し上げ非難した時代。占領軍から投げ与えられたチョコレート(現憲法)を拾い喜んだ時代。(占領中)
↓
祖国の為に命を捨てて闘った若者を占領軍に売り渡した連中が、自分の占領軍の忠犬となった歴史の正当化にいそしんだ時代。祖国の為に命を捨てて闘った若者をグンブに騙された犠牲者愚か者扱いすることや、チョコレート憲法のありがたさを喧伝することなどにより。祖国の為に命を捨てて闘った若者の行為について外国にひたすら土下座した時代。(冷戦中)
↓
上記のような底無しに卑屈で卑劣な大人を見続け、誇りを失った援助交際&オヤジ狩りの若者のいる時代。(現在)
占領を契機に、順調に日本人の人間性が退化している。
援交娘&オヤジ狩り息子、まさに彼らこそが戦後そのものだ。無論こんな連中はサヨク同様、諸外国にも戦前の日本にも存在しない。
ギブミーチョコレートと走り回って投げ与えられたチョコレート(現憲法)を有り難がっている連中の子供が、ギブミーマネーと援助交際オヤジ狩り。見事に体質が相伝されている。彼らは戦後日本の教育、戦後日本の風潮、戦後日本の憲法そして政策が生み出した成果そのものに他ならない。
この調子でいくと、次世代にはどんなタワケた連中が出てくるんだ?
参考ページ:
アメリカ占領軍による理不尽極まりない占領政策の数々が掲載されている。ポツダム宣言にすら違反する言論統制や改憲など。これに積極的に加担し、その罪を誤魔化し続けているのがサヨクマスコミなのだ。
4 日本の家畜化を予見し絶望して自決した三島由紀夫氏
こうして日本のおかれている現実を冷静に認識すると絶望的な気分になる。戦後間もなく比較的早い段階で、今現在のこの絶望的な家畜ぶりを予見し、こうならないよう警告した男がいる。三島由紀夫氏だ。三島氏は、市谷駐屯地で、まともな憲法にしまともな軍備をもつ必要性を訴えた。それをやらないと将来目も当てられないほどひどい奴隷国家になってしまう。しかしほとんど賛同者はなく、将来日本が家畜国家に向かってひた走る姿がありありと見え、彼は日本に絶望し自決した。
その後日本は、外国製憲法をあがめまともな軍備も持たずそのためアメリカの軍事植民地支配が続き、支那への膨大な金額の朝貢を開始し、教科書上にはおぞましい反日記述で埋め尽くされ、政治家は外国政府の発する日本軍罵倒にわざわざ外国に出向いて唱和し、徴兵した政府が徴兵され殉国された兵士に何一つ感謝すらせず、支那米国のご機嫌気持利益をおろおろ心配するようになり、外国のご機嫌をそこねないためには国民の気持利益をいくらでも踏みにじるようになり、家畜筆頭金丸の活躍により家畜管理代金(思いやり予算)を家畜自身が支払うようになった。日本は経済的な成長に反比例して、目も当てられない絶望的で腐った国家に変貌していった。
この有様が予見されれば死にたくなるのが普通だろう。人並の誇りがあれば。
ただ筆者は死ぬつもりはない。
三島氏は鋭い先見性を持っている上、感受性が豊かで傷つきやすくそして生真面目であった。よって絶望的な国に生きる意味無しと判断し自決した。
一方筆者は三島氏より、はるかに感受性が愚鈍で更に不真面目である。三島氏は将来この国に汚らしいシロモノが更に満ち満ちてくるであろう現実に耐え切れず死亡したが、筆者はむしろ汚らしいシロモノの相手を好んで趣味にするほどに愚鈍である。またわが国を貶めようとする不真面目極まりない相手に対しては、徹底して茶化し切る不真面目さもある。