日本における安全保障条約絡みの国防論をおおまかに以下に類別し、それぞれへの所感を記す。
サヨクの主張である。話にならないものだ。ここに例示する内容のうち、最低のものに分類できよう。
こういう主張の連中は、おおむね左翼全体主義体制の軍備増強に思考停止する。そもそも軍備とは外国に向けて行うものであるにもかかわらず。せいぜい「地球上のすべての核兵器にハンタイ」の「宣言」とか、きわめて間接的に支那の核武装を非難するポーズをする程度である。そんな「宣言」で支那が核武装をやめるわけもないことは承知の上で。
さらにこういう主張の連中は、左翼全体主義体制の軍備増強を積極的に擁護すらする場合もある。「チューゴクの軍備増強は装備の老朽化によるものだ。」みたいな言い草で。
その一方、日本の核武装については、議員が「核武装の論議」を提案しただけで更迭に追いやるまでに、ヒステリーじみた吊るし上げを行う。
要するに支那や北朝鮮の相対的軍事力強化サンセイのことだ。
これは実質的な自民党の国防政策。サヨクの主張ではない。日本自身で国防努力をせずアメリカの軍事力に頼っていこうという主張。
まともに軍備を整えることのでいない現状においては、やむおえない選択だと考える。しかし将来にわたってこのままでいいとは考えない。
国防をほぼ全面的に外国政府に頼るなどという政策は、責任ある独立国の政策ではない。国防は政府が行うべき基幹的な職務だからだ。政府の存在理由とすらいいうる。政府自民党は実質的にその責務を放棄し外国頼みにしているのだ。
(2)の現状は改めていく必要がある。
これが筆者の主張である。日本政府は政府自身が誠実に国防努力をするべきだという主張。安全保障条約は不平等条約であり改正するべきだという主張。アメリカの軍事力の強大さを認め無用な対立をせず軍事協力関係を築きながらも、対等な日米関係を築くべきだという主張。
一部右翼団体の主張であり、心情的には最も筋のとおった考えである。
アメリカは本質的にナチス同様の狂った強制収容原爆投下民間人大量虐殺国家である。狂的な人種差別政策により、大東亜戦争前後に日本人などを大量に虐殺した。それへの怨恨などからこの主張(アメリカとの軍事同盟に反対)に至る日本人の心情は理解できる。むしろそれが普通であるとすら考える。要するにアンポとはイスラエルがナチスドイツに軍事を依存するような条約だからだ。不愉快にならないほうがおかしい。原爆投下国家アメリカとの同盟にもろ手をあげて喜ぶ人間もいるが、本来そっちが異常だ。
アメリカはキチガイに刃物(核武装)状態である。最近も中東で低レベル核物質を用いた砲弾を用い敵味方を大量に被爆させ、生まれながらにかたわの子供たちを大量に生み出した。ベトナム戦争の枯れ葉剤散布による大量のかたわ発生など、インディアン虐殺やハワイ東南アジア侵略や原爆投下のみならず、戦後においてもアメリカによる狂った暴虐の例は数知れない。
しかし筆者は狂人であるからこそ仲間になるべきだと考える。キチガイの仲間になっておけば、キチガイの暴虐の直撃を受ける可能性は少ない。
狂人は使い方によってはある意味頼りになる。味方にしておけば、いざ戦争となれば目を血走らせて敵をなりふり構わずぐしゃぐしゃに殺しまくるだろう。かつて日本に対して行ったように。狂人だからこそ、ソ連というウルトラ狂人と張り合うこともできた。馬鹿とハサミは..である。
アメリカは狂っている。しかも大量の刃物(核武装など軍備)を持っている。そういうアブないヤツだからこそ軍事同盟関係を結び仲間にしておくべき。
しかし所詮は狂人。狂人に国防を依存している現状は、それこそ正気の沙汰ではない。我々自身で国防を行い狂人に国防を依存している現状を打破しなければならない。