サリン毒ガス散布事件などにより多くの人々を殺したオウム真理教。その教団へ機動隊員が突入する所をテレビで見た。
突入にあたって機動隊員が感じた恐怖はただごとではなかったに違いない。なにしろ相手はサリンを散布した実績のある完全にアタマのイった連中である。いきなりサリン攻撃を仕掛けてくる可能性は十分すぎるほどある。突入前日は恐怖のあまりまともに眠れなかったのではないか。ガス中毒死した累々たる死体の一つとなる自分を思い浮かべて。
「ボクチン恐いことヤリタクナーイ」などと言って誰一人オウムに立ち向かわないのであるなら、オウムも松本チズオも野放しとなり延々と殺戮を繰り返すだろう。やりたくなくとも誰かがやらねばならないのだ。
そして機動隊員にオウム関係者逮捕の命令が下った。我が国の治安を守る機動隊員は、死地となるやも知れぬ場所に恐怖を乗り越え向かった。これによりオウムによる殺戮はとりあえず抑止されオウム関係者を裁くことができた。
我々は時折命を懸けてとか軽々しく口走る。命を懸けた行為とはまさしくこういう行為のことだ。まかり間違えば死ぬのだ。
こういった命を懸けた仕事を高く評価したり感謝したりするマスコミは筆者の知る限り皆無である。単に「機動隊、オウム施設に突入」などと状況を記すのみだ。それどころか中にはオウム逮捕をニガニガしく思っているヤツもいるのではないか。オウムへの破防法適用に反対しオウム温存を補佐した朝日新聞あたりに。
こういった機動隊員の働きを評価できない戦後のマスコミをはじめとする日本国民というのは、他人のおかれた状況や心情を推察できない豚を思わせる。自分の命など自分の損得以外何一つ眼中になく、自分自身にその状況がおよばないと解らない豚だ。豚は機動隊員の恐怖を乗り越えた働きに「国のために命を懸けるなんてバカみたい。恐かったらヤめたらあ。」と首をすくめ揶揄するだろう。機動隊員が取り戻した平和を満面に享受しながら。
我が国には命を懸けてテロリストと戦う機動隊員ような官僚もいる。あるいは日教組教師が学校での思想ごっこに遊び疲れて眠る深夜の寒空の中、交番で我が国の治安を守るため立番する警察官もいる。レーダーに目を凝らし国の守りにはげむ自衛官もいる。
つまり我が国には国民の盾となって働く立派な官僚がいるのだ。
支那政府の手先となって国民に刃を向ける狂った官僚(日教組、全教、文部省の一部、外務省の一部)がいる一方で。