そもそも本質的には政府には「景気対策」などできない。日本は統制経済で運営する社会主義国家ではない。経済活動を行う主体は国民であり、この結果良くなるも悪くなるも本質的には国民(の勤労と消費)次第だ。(政府が行うべき経済政策は、せいぜい貨幣の発行量を調整したり日銀の利率を決めたり、大規模な外国との取引を補佐する程度だし、またそうあるべきだ。これらの点で著しい失政があり経済動向に悪影響を及ぼしたなら、それは政府の責任と言える。)
しかしその一方、政府は経済活動を邪魔し妨害することはできる。様々な法を制定し問題のある経済活動を禁止し妨害したり、許認可を必要にし業務を煩雑にしたりすることは、現在も行っている。
もちろん「政府による妨害=ダメ」などとは限らない。必要な妨害もある。たとえば薬事行政。政府は麻薬の生産や売買について、様々な禁止事項を設け許認可を必要にし制限を加えている。誰でも気軽にアヘンを輸入し売買するなどできない。薬事行政の全てが妥当かどうかは別にして、こういう経済活動への妨害は必要なものも多い。パチンコ屋(賭博)の禁止のように必要でありながら行われていない妨害もある。
我々が経済政策において主に論議するべきことは、「政府はいかなる『景気対策』を行うべきか(政府が何をしてくれるか)」ではなく、「政府が行う我々の経済活動への規制が妥当なものか(我々国民が行う経済活動を邪魔しないようにしているか。また、今している邪魔は必要か。)」なのだ。
景気という点おいて政府ができることは、せいぜい国民が行う経済活動を邪魔しないようにする程度だし、そうあるべきだ。なおかつ今の日本では、様々な無用な邪魔が多過ぎる。以下のような。
本編で記している内容であり割愛する。
こういう外国のご機嫌を必要以上に重視するあまり国民の経済活動を邪魔している例には、クジラの漁獲高制限もある。馬鹿げた制限だ。クジラ愛好会じみたくだらない国益に反する無意味な国際機構からは脱退すれば良いのだ。
外務官僚A「経済力、軍事力、財政の全てにわたって徹底して日本を窮地におとしいれ、国民を困らせるにはどうしたらいいだろう。」
外務官僚B「ふむ、それなら赤字国債を乱発して、支那の経済軍備インフラ整備にODAとして大量に差し出せばいい。支那の経済力をはぐくめば日本の国内産業を壊滅させることができ、倒産と雇用不安を起こし自殺者を大量発生させることができる。ODAで支那の港湾や空港や鉄道を整備すればそれは軍事インフラとして役立ち、日本を軍事的立場を弱めることができる。また子孫には更なる負担増を強いて更なる財政悪化も期待できる。」
支那へのODAは、こういうやりとりが行われた結果としか思えない程に最悪の政策である。日本政府は支那の産業基盤整備を日本国民の子孫の金(ODA)を使って充実させた。空港、港湾、鉄道、道路など。港湾にいたっては支那の40%が日本からの援助で作られている。その産業基盤が支那の奴隷労働を背景とした生産力向上を生み、日本企業の海外流出を手助けし、支那の低価格品を日本に流入させ、結果として国内産業を破壊し国内に膨大な失業者を生み出した。
日本の援助で作られた鉄道を通り道路を通り日本の援助で作られた港湾から日本に輸出される低価格品が、日本の労働者の首を切る。しかも子孫には膨大な負債のおまけつきだ。これを問題視しない大規模な労組は全て偽者だと筆者は断じる。
支那へのODAは、これ以上ありえないほど、日本国民の経済活動に対する政府による「邪魔」「妨害」と呼称するにふさわしい行為だ。
これは小泉首相などがさんざん問題視している点であり詳細を略す。
政府はある種、徹底して国民の経済活動を妨害してきた。上記のような。特に2あたりは、いったいどうすれば国民を窮地に陥れ困らせることができるかを思慮しつくしたかのような最悪の経済活動妨害政策といえる。これらの無用な妨害、僭越極まりない邪魔の数々が、民間の経済活動をとことん妨害し景気を最悪に抑制している。
我々国民が言うべきことは、「政府は何とかしてくれ」「(赤字国債乱発など子孫の資産をもっともっと毟って)俺達が不景気に甘んじなくともすむようにせよ」ではない。「政府は余計なことをするな」「俺達が好景気にしようする経済活動を邪魔するな」であるべきなのだ。経済政策においては。
こういう言い草こそが経済活動の「主権者(責任者)」であることを自覚した国民の言い草なのだ。逆に「政府は何とかしてくれ」派の連中は、経済活動の「主権者(責任者)」である立場を自ら放棄し、自らを「経済活動を行う責務を果たす能力のない者(ゆえに政府に何とかしてもらおうとする者)」「国民が持つ経済活動を行う権力(責務)を政府に献上する者」と言える。
政府(特に高級官僚)は次から次へと「余計なこと」をしたがるものだ。「余計なこと」を行う外郭団体を用意し退職後の天下り先を確保するために。あるいは外国からご褒美を貰うために。